【マゼンタリボン運動が見てきた、当事者団体(元当事者)が弱り、去っていく業界内に潜む「いじめ」の構造について】
週間金曜日(2026.7.17)さんの記事にあった「ピアサポーターいじめ」。
そのイジメ問題の中でも、2層構造になっていることがあることまでは、世間にまだ明らかになってない。
ここでは、マゼンタリボン運動が、これまでに全国各地から寄せられた、摂食障害の人のために尽力する人たち(特に当事者・家族会などの自助グループ)の愚痴や苦しみの声を集約し、また、本部(愛媛県摂食障害支援機構)に起こった「マゼンタリボン・クロニクル」に書いてあるような、水面下で「排除される」にいたるまでの2層構造のカラクリを記しておくこととする。
この2層になっているいじめのシステムが、摂食障害業界では、毎回同じカラクリで何度も繰り返されている事実があるからこそ、見過ごすわけにはいかない。
次世代にそんな文化を残してはならないと、問題提起したい。
今ここで改めていかなければ、国が「ピアサポーター」を養成しようとしたところで、カタチだけの「サポーター制度」で終わりかねないとマゼンタリボン運動の本部は考える。
真摯に摂食障害の支援に乗り出し、力と知恵をつけた有能な元当事者たち(力強い地域の社会資源となるはずだった団体)は、もうすでに、追い詰められ、この報われない業界に見切りをつけ逃げ出してしまっている。
早急に、摂食障害支援に関心を寄せ、渦中の当事者や家族に「寄り添う人たちを大切にする地域づくり」を、誰かが率先していかなければ、摂食障害で苦しむ当事者の回復は先延ばしされるだろう。
そうならないために、ズバリ、摂食障害の支援をしている団体(特に当事者団体)がたどる、いじめの構造を書き記しておくこととする。
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①元当事者で、自身の経験を後輩のために活動しよう活動をはじめた当事者や当事者団体(自助グループ)は、医者の言うことをきいている間は、うんと使われる。
元当事者たちは、医者に“かわいがられている”“治療側の仲間に入れた”ことに嬉しく思い、研究や拠点病院の活動に無償(無償に近い報酬)で使われている。しだいに疲弊しながらも、がんばる。
(これは、医者たちが、摂食症になる人の特徴「自己肯定感の低さ」を利用している状態。摂食症を診ている医師なら、摂食症の子たちの“よい子”を演じる根本の原因である「自己肯定感の低さ」を矯正し、自立を促すことが最大の治療であることを知っているにもかかわらず、当事者たちに、“先生に特別な役目をもらった”“認められた”という感覚を持たせて、利用している構造。「物わかりの良い子分」として使われる問題。)
しかしながら、医者は、この自身のふるまいによって、元当事者がエンパワーメントの真逆になっていることには気づいていないと思われる。本人が疲弊している段階で、すでにエンパワーメントにはなっていないし、度を越えてしまえば、パワーハラスメントに近い状態ともなりかねない。
②もう一つは、「クロニクル」に書いたような「排除」になる問題。ズバリいうと、当事者(当事者団体)が医者を超えてしまった時に起こる。出る杭は切り捨てるという現象。
学会や協会などにとって、自分(医者)たちが一番に優れている存在でありたいと思っているなら、なおさら“出る杭”は目障りなのだと思うが、今の時代そんなことでは業界が発展しない。
②に関しての事件は、これまでに4回は起こっている。
①の次に②が起きる。熱心に取り組む元当事者や、当事者団体が標的になる。
それはなぜか。
摂食になる当事者は、知的には何の問題ない人も多いし、一般より知的水準が高い人もたくさんいる。その人たちが、摂食の世界に少しいると、それなりに「こうしたらもっといいのに」と課題や解決法が見えてきたりする。
医師は、診察室でしか患者を診ていない。一方、健康になった元当事者は、社会の中で、渦中の当事者と出会ったり、日常生活の何気ない会話の中から、その当人の苦しみや困りごとを知ったりする。その違いがまずひとつある。
また、元当事者は、健康になり一般社会に出ていろんなことを見聞きするようになれば、社会的に医者の考えつかない(医療以外の)解決方法や意見を持つことも多くなる。
そこが、もう戻っては来られない「排除」への入口なのである。
元当事者がよかれと思いついた方法やプロジェクトなどを、口に出したり、提案したりなどしてしまうと、医師を“超えた”ことになってしまう。
そのうえ、その提案内容が医者の利益にならないことだと余計に“目の上のたんこぶ”になり、医者は、その元当事者を「排除」にかかる。それでも食らいついて提案や意見を言う当事者には「黙殺する」という方法が取られる。
よって、元当事者は、熱心に活動した人ほど、
①褒められる
↓
また先生に「それいいね!」と言ってもらえるはずだと思い、「こうしたらどうですか」と提案すれば、一瞬でバサッと
↓
②切られる。捨てられる。(戻ってこられないほどの怖い排除を受ける。)
摂食業界は、このメカニズムで動いている。
しかしそれで終わりではなく、その後には③があり、
③提案した案だけは、シュルっと乗っ取られる。提案したそのまんま使われている。という珍事態が発生。
この状況で、これに当てられた当人は、「自分の案をとられた」「そして、排除されている」とは声をあげにくい。
そうやって、排除していく。当人はひとり、苦虫をかみつぶしたような状態で去るしかない。
そして、周りの人は(学会や協会を構成する役員たちも)見てみぬふり。助けない。
「何もなかった」かのように進んでいく華麗な技も摂食業界の通例。
こんなカラクリゆえに、これからの摂食症の支援を各地で担える活躍できるはずだった、賢い当事者からいなくなってしまっている。
業界全体が「何もなかったかのように」ふるまうので、「問題があった」ということも知らない関係者(役員さえ)も多い。
問題を隠したり、一部の人が利益を得るためにふるまったりするのが超うまい業界だ。
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それはそうと、最近こんなこともあった。
マゼンタリボン運動の本部は、最近、学会の理事長とオンラインで話す機会があった。
『マゼンタリボン・クロニクル』の事件についてよく知る彼は、
「ふつう、「誰がやった(功績をあげた)」とか、「(その功績を)とられた」とか、自分で言わないんだと思いますよ」と言って、私たちはたしなめられた。
“賢明な大人”は、こういうとき、上記の人のように、自分では“言わない”のだろう。(いや、むしろ、“言えなくなる”、という状態に陥る。)
理事長が発言したことは、「お前が犠牲になったらいいだけことだ」と言っているのと同然のこと。
この理事長の助言?に、私は「はい、そうですよね。私たちが間違っていました。私たちが犠牲になればよかっただけのことです。」と言えるはずもなく、今後、このカラクリにはまってしまった当事者のことを考えると、それで“よし”なわけがない。
一連のカラクリによって去っていった元当事者は、「言うのを諦めただけ」「業界を見限っただけ」だということを知ってか知らずか、そんな考えの持ち主の理事長を筆頭に、業界全体が動いていることがよくわかるようなできごとがあった。
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マゼンタリボン運動本部は、このように、未来に発展などしないような「現実」をこれまで多く見聞きしてきた。
だからこそ、胸を張って、この内容(いじめ構造のカラクリ)が書けるようになった。
みなさん、いろんな声を聞かせていただきありがとうございました。
この<自由研究>を書き残すと、書いた本部は、次は「抹殺」級の目にあうことはわかっているが、書かずにはいられない。だって、22万人いるとされる摂食障害で悩んでいる渦中の人が、一人でも多く助かるために、それを支える人たちがまずは安心できる環境を整えないといけないと思っているから。
マゼンタリボン運動本部は6年間にわたってこのことを訴えてきたが、まだまだ摂食障害の世界にいる医者たちは、自分の目の前の利益しか見えていないのだと推測している。
この問題は、業界にとってもものすごく大きな「損失」でもあるのだから、早く目を覚ましてほしいものだ。
元当事者が、この息の詰まるようなカラクリにうまく順応しするのではなく、医療者がこのメカニズムに気づいていようといまいとも、周りからはそう見えることを自覚しないといけない。
